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「制度対応」で終わらせないー令和8年度 処遇改善加算改定の本質ー


はじめに

  • なぜ令和9年度を待たず「期中改定」になったのか

  • 今回の改定で何が変わるのか(対象・加算率・区分)

  • 「最大月1.9万円」という数字の正しい読み方

  • 「生産性向上」要件が何を事業所に求めているか

  • 加算を取り切るために今やるべきこと


なぜ「期中」に改定されるのか

 介護報酬改定は原則として3年に1度です。直近の通常改定は令和6年度(2024年度)に行われ、次は令和9年度(2027年度)の予定でした。にもかかわらず、今回、令和8年(2026年)6月に「期中改定」が実施されます。

 これは異例のことです。政府がこのタイミングで動いた背景には、介護人材不足の深刻化と他産業との賃金格差の拡大があります。これまで幾度も処遇改善の取り組みは行われてきましたが、賃金格差は縮まらず、人材の流出は続いています。令和9年度の通常改定まで待てば、現場の疲弊はさらに進み、事業継続が困難な事業所が増えかねないーそういった判断が背景にあります。

 「また制度が変わった」と受け取るのはもったいない。この改定が発せられた意味を、現場の実情から読むことが重要です。


今回の改定で何が変わるのか

 令和8年度の改定率は全体で+2.03%(処遇改善分+1.95%、食費基準額引上げ分+0.09%)です。基本報酬の改定はなく、処遇改善加算の拡充と食費基準額の見直しのみです。

主な変更点は以下のとおりです。

  • 対象職種の拡大 介護職員だけでなく、N・PT・OT・ST等を含む介護従事者全員が対象になります。「自分には関係ない」という職種はなくなります。

  • 対象サービスの拡大(新設) 訪問看護・訪問リハビリテーション・居宅介護支援が新たに加算の対象サービスに加わります(令和8年6月1日施行)。なお、居宅療養管理指導・福祉用具貸与・特定福祉用具販売は対象外です。

  • 区分の体系変更 6月以降、区分が「Ⅰイ・Ⅰロ・Ⅱイ・Ⅱロ・Ⅲ・Ⅳ」に変わり、加算率が全体的に引き上げられます。

  • 上乗せ区分の新設 加算Ⅰロ・Ⅱロは、生産性向上や協働化に取り組む事業所向けの上乗せ区分です。ICT活用・他事業所連携など「令和8年度特例要件」を満たすことが条件になります。

 増えた加算額は、賞与などの一時的なものではなく、基本給・手当によるベースアップで還元することが原則とされています。


「最大月1.9万円」—この数字を正しく読みましょう

 「介護職員の賃金が最大で月1万9,000円アップ」というアナウンスを目にした方も多いと思います。この数字は次の3つの合計です。

区分

対象

金額(目安)

① 基本の賃上げ

介護従事者全体

月額 約1.0万円

② 生産性向上上乗せ

生産性向上・協働化に取り組む事業所の介護職員

月額 約0.7万円

③ 定期昇給想定分

民間からの定期昇給

月額 約0.2万円

【誤解しやすいポイント】 「月1.9万円が全員にもらえる」わけではありません。①は全従事者対象ですが、あくまでも目安。②は生産性向上要件を満たした事業所の介護職員のみ、③は事業所が定期昇給の仕組みを整えていることが前提です。


「生産性向上」要件が問うもの—制度が現場に求める変化とは

 今回の改定で最も注目すべきは、上位区分(Ⅰロ・Ⅱロ)の取得条件として生産性向上への取り組みが必須化されたことです。加算Ⅰ・Ⅱを取得するには、生産性向上のための取り組みを3つ以上実施し、そのうち以下のいずれかが必ず含まれなければなりません。

  • ⑰「生産性向上ガイドライン」に基づく業務改善活動の体制構築(委員会・プロジェクトチームの立ち上げ等)

  • ⑱ 現場の課題の見える化(課題抽出・業務時間調査の実施等)

 ここで立ち止まって考えたいことがあります。「生産性向上」と言われると、ICTツールの導入やロボット活用が真っ先に浮かびますが、今回の要件が本当に求めているのは「現場の課題を構造的に捉え、改善のサイクルを回す仕組みをつくること」です。業務改善委員会の立ち上げ、業務時間調査の実施—これらはいずれも、「現場で何が起きているかを可視化し、対話しながら変えていく」プロセスです。組織開発の観点から言えば、これはまさに「現場が自分たちの課題に向き合う場をつくる」ことに他なりません。加算を取るための形式的な対応にするのか、職場の文化を変えるきっかけにするのか—それは事業所のリーダーシップの問題となり得ます。


訪問看護・訪問リハ・居宅介護支援の事業所が今すぐ動く理由

 これまで処遇改善加算の対象外だった訪問看護・訪問リハビリテーション・居宅介護支援が、令和8年6月から新たに対象となります。

 訪問看護の加算率は総単位数の1.8%です。これまでゼロだったものが支給されるようになる。医療保険の売上が中心の事業所では加算額が小さく見えることもありますが、毎月の安定的な収入として考えると、人材確保の原資になり得ます。

【提出期限に注意しましょう】 訪問看護・訪問リハ・居宅介護支援が新たに加算を算定する場合、計画書の提出期限は多くの自治体で令和8年6月15日となっています。ただし、既に他の介護保険サービスを併設している法人は令和8年4月15日が期限となっているケースがあります。必ず管轄自治体に確認してください。また、キャリアパス要件や職場環境等要件が整っていなくても、「令和8年度特例要件」を活用し、令和9年3月末までの対応を誓約することで加算を取得できます。ただし、誓約した内容を実行しなければ加算の返還を求められます。「誓約して対応しなかった」は絶対に避けてください。


加算を「取り切る」ために今やること

  • 現在の算定区分を確認し、6月以降の新区分(Ⅰイ・Ⅰロ等)への移行可否を検討する

  • 生産性向上の取り組みを3つ以上(うち⑰か⑱を必ず含む)実施できるか確認する

  • 「令和8年度特例要件」(ケアプランデータ連携システム加入、または生産性向上推進体制加算Ⅰ・Ⅱ算定)の活用可否を検討する

  • 処遇改善計画書の提出期限を自治体に確認する

  • 加算の配分方針(誰に・どのような形で・いくら)を決定し、職員に説明する体制を整える

  • ベースアップによる還元を前提とした給与規程・賃金テーブルの見直しを行う

  • 実績報告書の提出管理スケジュールを把握する(翌年度7月末が目安)


おわりに——制度変化を、人材戦略の転換点として

 今回の改定は「加算を取る・取らない」の話で終わりません。対象職種の全従事者への拡大、生産性向上の組織的な取り組みの必須化、ベースアップでの還元の原則化—これらが一体として示していることは、「介護事業所が人材を長期的に育て、定着させる仕組みを持つこと」を国が強く求めているということです。

 処遇改善加算を「制度対応」として処理するだけでは、この問いには答えられません。加算の設計を入口に、自事業所の採用・育成・定着の仕組みを見直す機会と捉えていただけると、改定の意義がより生きてくるはずです。


特定社会保険労務士/認定経営革新等支援機関 今鶴孝


弊所は主に、建設業、トラック運送業、介護福祉事業、IT事業等の社会基盤となる事業の人事労務支援を行っている社会保険労務士事務所です。

業務遂行には様々なツールを使って生産性の向上に努めていますが、電子申請・DX・AIと、経営環境の変化をお感じの企業様もどうぞお気軽にご相談ください。



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