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ベッドに腰掛ける患者

中小企業のための労災保険FAQ

はじめまして
今鶴実践社労士事務所と申します。

弊所は主に、建設業、道路貨物運送業、介護福祉事業、IT企業等の社会基盤となる事業の人事労務支援を行っている社会保険労務士事務所です。

労災保険(労働者災害補償保険)は、業務中や通勤途中の不慮の事故により従業員が負傷、疾病、あるいは不幸にも亡くなられた場合に、被災した従業員やそのご家族の生活を支えるための、国が管掌する重要なセーフティネットです。中小企業にとって、この制度を正しく理解し、万が一の際に迅速かつ適切に対応することは、単なる法的な義務を果たすだけでなく、従業員に安心感を与え、企業への信頼を築く上で不可欠です。労災発生時の対応は、企業の危機管理能力そのものが問われる場面でもあります。

このFAQは、中小企業の経営者様や人事労務担当者様が実務で直面するであろう労災保険に関する疑問、特に「療養」「休業」「遺族」への補償を中心に、ポイントを絞って分かりやすく解説することを目的としています。

労災保険の基本に関するFAQ

労災保険の基本的な仕組みを把握しておくことは、いざという時の迅速かつ適切な初動対応に直結します。従業員の安全を確保し、企業の責任を果たすためには、まずその土台となる知識を固めることが重要です。ここでは、その基礎となる疑問にお答えします。

 

Q1. 労災保険における「業務災害」と「通勤災害」の基本的な違いは何ですか?

労災保険が適用される災害は、大きく「業務災害」と「通勤災害」の2つに分けられます。この2つの根本的な違いは、災害の原因が業務にあるか、通勤にあるかという点です。

・業務災害

「労働者が業務を原因として被った負傷、疾病、障害または死亡」を指します。業務と傷病との間に相当因果関係があることが認定の要件となります。(例:建設現場の足場から転落した、業務で化学物質を取り扱った結果、疾病を発症した)
・通勤災害

「労働者が通勤により被った負傷、疾病、障害または死亡」を指します。住居と就業場所との間の往復など、合理的な経路および方法による移動中の災害が対象となります。(例:自宅から会社へ自家用車で向かう途中に交通事故に遭った)

 

Q2. 複数の会社で働く従業員(複数事業労働者)が労災にあった場合、補償はどうなりますか?

2020年9月の法改正により、複数の事業場で働く従業員への補償が手厚くなりました。

もし複数事業労働者が労災に遭った場合、すべての就業先の賃金額を合算した額を基礎として、保険給付額が決定されます。

これにより、例えばパートやアルバイトを掛け持ちしている従業員が、賃金の低い方の勤務先で被災した場合でも、もう一方の勤務先の賃金も合算されるため、現実に即した手厚い補償を受けられるようになりました。多様な働き方をする従業員を守るための重要な改正点です。

Q3. 従業員が業務中・通勤中に被災した場合、会社としてまず何をすべきですか?

従業員が被災した場合、企業には迅速かつ適切な初期対応が求められます。最も優先すべきは、被災した従業員の安全確保と治療です。

1. 医療機関での受診

まず、被災した従業員を速やかに労災病院や労災保険指定医療機関で受診させてください。原則として治療費は無料で受けられます。
2. 労働基準監督署への手続き支援

次に、会社は従業員の請求手続きを支援する役割を担いますが、実際には会社主導で請求手続きを行うことが円滑な支給申請につながります。従業員から必要事項を記入した所定の支給申請書を受け取り、会社が事業主としての証明を行います。その後、従業員本人が証明済みの支給申請書を病院や所轄労働基準監督署へ提出します。

この一連の流れを円滑に進めることが大切です。

 

Q4. 労災の各種給付金は課税対象になりますか?

労災保険からの給付金と、類似する会社からの手当では、課税関係が異なりますので注意が必要です。

・非課税となるもの

労働基準法第76条に基づく「休業補償」や、その他の災害補償(療養補償、障害補償など)は、非課税所得となります。これらは、被災した従業員の損害を補填する性質を持つためです。また、会社の就業規則などに基づき、法律の基準を超えて上乗せで支払う付加給付金についても、損害賠償に相当するものとして非課税となります。
課税対象となるもの

使用者(会社)の都合で従業員を休業させた場合に支払われる労働基準法第26条の「休業手当」は、給与所得とみなされ、課税対象となります。

「休業補償」と「休業手当」は名称が似ていますが、税務上の取り扱いが全く異なることを覚えておきましょう。

労災保険の基本的な枠組みをご理解いただけたところで、次に、従業員が治療を受ける際に最も基本となる給付「療養(補償)等給付」について、より具体的に見ていきましょう。
療養(補償)等給付に関するFAQ

療養(補償)等給付は、被災した従業員が安心して治療に専念し、一日も早く回復するための基盤となる、労災保険の最も基本的な補償です。

Q5. 療養(補償)等給付とは、具体的にどのようなものですか?

療養(補償)等給付には、給付の方法によって以下の2種類があります。

1. 療養の給付(現物給付)

これが原則的な給付方法です。労災病院や労災保険指定医療機関・薬局等を受診すれば、従業員は窓口で費用を支払うことなく、無料で必要な治療や薬剤の支給などを受けることができます。
2. 療養の費用の支給(現金給付)

近くに労災指定医療機関がなかったり、緊急を要したりするなど、やむを得ない理由で労災指定医療機関以外の病院で治療を受けた場合に適用されます。この場合、従業員が一旦治療費を立て替え払いし、後から労働基準監督署にその費用を請求することで、かかった費用の払い戻しを受けます。

どちらの方法でも、治療費、入院料、移送費など、通常療養に必要と認められる範囲の費用が補償されます。

Q6. 従業員が誤って健康保険証を使って受診してしまいました。どうすればよいですか?

労災による傷病の治療には健康保険は使えませんが、誤って使用してしまった場合でも切り替えが可能です。以下の手順で対応してください。

1. 健康保険組合等への連絡

まず、従業員が加入している健康保険組合や協会けんぽに、労災であった旨を連絡します。
2. 医療費の返納

後日、健康保険組合等から医療費(保険給付分)の返納通知が届きますので、その金額を金融機関で納入します。
3. 労災保険への費用請求

納入した際の領収書と、病院の窓口で支払った一部負担金の領収書を添付し、「療養の費用請求書(様式第7号または第16号の5)」を事業場の所轄労働基準監督署へ提出します。

なお、経済的な理由などで医療費の返納が難しい場合、返納が完了する前に労災保険へ請求手続きを行うことが可能です。

Q7. 治療はいつまで補償されるのですか?

療養(補償)等給付は、傷病が「治ゆ(ちゆ)」するまで行われます。

ここで言う「治ゆ」とは、必ずしも怪我や病気が完全に元通りになることだけを指すわけではありません。労災保険における「治ゆ」は「症状固定」とも呼ばれ、「医学上一般に認められた医療を行っても、その医療効果が期待できなくなった状態」を意味します。

したがって、痛みなどの症状が残存していても、これ以上の治療による回復・改善が見込めないと医師が判断した場合には「治ゆ(症状固定)」とされ、療養(補償)等給付は終了となります。

Q8. 治療のための通院交通費は支給されますか?

一定の要件を満たす場合に支給対象となります。

通院費が支給されるのは、被災労働者の居住地または勤務地から、原則として片道2km以上の通院であり、かつ以下のいずれかに該当する場合です。

① 同一市町村内の適切な医療機関へ通院したとき
② 同一市町村内に適切な医療機関がないため、隣接する市町村内の医療機関へ通院したとき(交通事情などにより隣接市町村の方が通院しやすい場合も含まれます)
③ 同一および隣接市町村内に適切な医療機関がないため、それらを超えた最寄りの医療機関へ通院したとき

このときの支給額は、要した費用の実費相当額となります。

Q9. 治療の途中で病院を変わることはできますか?

転院は可能です。帰郷などの理由で他の指定医療機関等に移る場合、手続きは非常にシンプルです。

変更後の指定医療機関等の窓口に、「指定病院等(変更)届」(業務災害なら様式第6号、通勤災害なら様式第16号の4)を提出するだけで手続きは完了します。変更前の病院で特別な手続きを行う必要はありません。

療養(補償)等給付は医療の必要性を担保しますが、休業中の賃金まではカバーしません。そこで、従業員が回復に専念できるよう経済的な安定を図るために、労災保険制度には「休業(補償)等給付」という重要な所得補償が用意されています。次に、その支給要件や計算方法について詳しく解説します。

休業(補償)等給付に関するFAQ

休業(補償)等給付は、労災による療養のために働くことができず、賃金を受けられない従業員の生活を経済的に支えるための、非常に重要な所得補償制度です。

Q10. 休業(補償)等給付は、どのような場合に受け取れますか?

休業(補償)等給付は、以下の3つの要件をすべて満たす場合に支給されます。

①療養のため

業務災害または通勤災害による傷病の療養を行っていること。
②労働することができないため

療養のために、働くことができない状態であること。
③賃金を受けていない

労働できない期間について、会社から賃金(休業手当等を含む)を受け取っていないこと。

これらの要件を満たす限り、休業した日の4日目から給付を受けることができます。

 

Q11. 休業補償はいくら支給されるのですか?

支給額は、1日あたり実質的に休業前の賃金日額の約80%が補償されるよう設計されています。これは、以下の2つの給付の合計額です。

休業(補償)等給付: 給付基礎日額の60%
休業特別支給金: 給付基礎日額の20%

ここで重要なのが「給付基礎日額」です。これは原則として、災害発生直前3か月間に支払われた賃金総額(ボーナス等を除く)を、その期間の総暦日数で割って算出した1日あたりの平均賃金に相当する額を指します。

Q12. 最初の3日間は補償されないのですか?

休業を開始した最初の3日間は「待期期間」とされ、労災保険からの休業(補償)等給付は支給されません。

この待期期間中の補償は、災害の種類によって異なります。

業務災害の場合

事業主は、労働基準法の規定に基づき、休業補償として平均賃金の60%を支払う義務があります。
通勤災害の場合

事業主にこの休業補償の支払義務はありません。

つまり、業務災害の場合は休業初日から事業主による補償があり、4日目から労災保険に切り替わる形となります。

 

Q13. パートタイマーや会社の所定休日の分も支給対象になりますか?

支給対象になります。

休業(補償)等給付は、雇用形態(正社員、パート、アルバイト等)や勤務日数にかかわらず、Q10で解説した3つの支給要件を満たしていれば支給されます。したがって、会社の所定休日であっても、その日に療養のため労働できず、賃金を受けていない状態であれば、支給対象の日数に含まれます。

Q14. 療養開始から1年6か月が経過した後はどうなりますか?

療養開始から1年6か月が経過しても傷病が治ゆ(症状固定)せず、その障害の程度が法令で定められた「傷病等級」に該当する場合には、休業(補償)等給付に代わって「傷病(補償)等年金」が支給されることになります。

傷病(補償)等年金に切り替わると、休業(補償)等給付は支給されなくなります。ただし、これは所得補償の切り替えであり、治療自体が終わるわけではありません。治療が必要である限り、療養(補償)等給付は引き続き支給されますのでご留意ください。

ここまで、治療や休業中の補償について見てきました。しかし、従業員が労災によって亡くなられるという最悪の事態も想定されます。
遺族(補償)等給付と葬祭料等に関するFAQ

従業員が労災により不幸にも亡くなられた場合、遺されたご家族の生活を支えるための補償制度が設けられています。ご遺族に適切な情報提供と手続き支援を行うことは極めて重要です。

Q15. 遺族への補償にはどのような種類がありますか?

遺族への補償(遺族(補償)等給付)には、大きく分けて以下の2種類があります。

遺族(補償)等年金

亡くなられた従業員の収入によって生計を維持していた遺族がいる場合に、継続的に支給されます。
遺族(補償)等一時金

年金の受給資格者がいない場合に、一定の範囲の遺族に一時金として支給されます。

どちらが支給されるかは、年金を受け取る資格のある遺族がいるかどうかによって決まります。

Q16. 誰が「遺族(補償)等年金」を受け取れますか?

遺族(補償)等年金を受け取れるのは、亡くなられた従業員の死亡当時、その収入によって生計を維持していた遺族のうち、最も優先順位の高い方(受給権者)です。

受給資格者となる遺族と、その優先順位は以下の通りです。

1. 妻、または60歳以上か一定の障害状態にある夫
2. 18歳に達する年度の末日までの間にあるか、一定の障害状態にある子
3. 60歳以上か一定の障害状態にある父母
4. 18歳に達する年度の末日までの間にあるか、一定の障害状態にある孫
5. 60歳以上か一定の障害状態にある祖父母
6. 18歳に達する年度の末日までの間にあるか60歳以上、または一定の障害状態にある兄弟姉妹
7. 55歳以上60歳未満の夫
8. 55歳以上60歳未満の父母
9. 55歳以上60歳未満の祖父母
10. 55歳以上60歳未満の兄弟姉妹

なお、婚姻の届出をしていなくても、事実上婚姻関係と同様の事情にあった方(事実婚の配偶者)も含まれます。

Q17. 「遺族(補償)等年金」はいくら支給されますか?

支給額は、主に3つの要素で構成されており、受給権者と生計を同じくしている他の受給資格者の人数によって変動します。

1. 遺族(補償)等年金(年額)

給付基礎日額を基に計算されます。

| 遺族の人数 | 年金額            |

| 1人       | 給付基礎日額の153日分(※) |

| 2人     | 給付基礎日額の201日分    |

| 3人     | 給付基礎日額の223日分    |

| 4人以上     | 給付基礎日額の245日分    |

※遺族が55歳以上の妻、または一定の障害状態にある妻の場合は175日分となります。
2. 遺族特別支給金(一時金)

上記の年金とは別に、一律300万円が一時金として支給されます。
3. 遺族特別年金(年額)

ボーナス等を基に算定される「算定基礎日額」を用いて計算され、上記の年金に上乗せして支給されます。

このように、年金と一時金を合わせた手厚い補償がなされます。

 

Q18. お葬式の費用は補償されますか?

「葬祭料(業務災害の場合)」または「葬祭給付(通勤災害の場合)」として、葬儀費用の一部が補償されます。

この給付は、実際に葬祭を行った方に支給されます。通常は喪主である遺族が受け取りますが、遺族がいない等の理由で会社が社葬として葬儀を行った場合には、その会社が受け取ることもできます。

支給額は、以下の計算式で算出されます。

315,000円 + 給付基礎日額の30日分

ただし、この合計額が給付基礎日額の60日分に満たない場合は、給付基礎日額の60日分が最低保障額として支給されます。

ここまで主要な保険給付について解説してきましたが、制度を円滑に利用するためには、請求権の時効や他の社会保険との関係など、他にも知っておくべき重要なルールがあります。
その他の重要事項に関するFAQ

労災保険制度を円滑に利用するためには、給付を請求する権利の期限(時効)や、年金など他の社会保険制度との調整といった、これまで触れてこなかった重要なルールを理解しておく必要があります。最後に、実務上押さえておくべきポイントを解説します。

Q19. 労災保険の請求には期限がありますか?

各保険給付には請求権の時効が定められており、期限を過ぎると請求できなくなりますので、十分な注意が必要です。

時効期間:2年
療養の費用、休業補償、葬祭料

それぞれ費用支出日、賃金を受けなかった日の翌日、死亡日の翌日など、権利が発生した日の翌日から起算
時効期間:5年
遺族(補償)等年金、障害(補償)等年金: 死亡日や症状固定日の翌日など、権利が発生した日の翌日から起算

特に休業補償は賃金を受けない日ごとに時効が進行します。休業が長期にわたる場合は、請求漏れを防ぐため、1か月ごとなど定期的に請求手続きを行うのが一般的です。

 

Q20. 労災年金と厚生年金(障害厚生年金など)は両方もらえますか?

両方を受け取ることは可能ですが、支給調整が行われます。

同一の事由により労災保険の年金(障害(補償)等年金など)と厚生年金保険の年金(障害厚生年金など)の両方を受け取る場合、二重の補填を避けるため、支給額が調整されます。

具体的には、厚生年金は全額支給されますが、労災保険の年金は一定の調整率に応じて減額されて支給されます。ただし、調整後の合計額が、調整前の労災年金額よりも低くならないよう配慮された仕組みになっています。

Q21. 会社が労災申請に協力してくれません。どうすればよいですか?

労災保険の請求は、本来は、被災した労働者本人が行うものであり、会社の協力が得られなくても請求手続きを進めることは可能です。

請求書には事業主の証明欄がありますが、会社が証明を拒否する場合や、会社が倒産してしまった場合でも、労災請求はできます。その際は、事業主の証明が得られない理由を請求書に添えて、所轄の労働基準監督署に提出し、相談することになります。

労働災害であるにもかかわらず、会社が協力を拒む「労災かくし」は違法行為です。労災保険を請求することは、法で認められた労働者の正当な権利であることを、企業として正しく認識しておく必要があります。

各種の労災申請については、社会保険労務士が代行することもできます。労災申請でお困りの場合はどうぞご相談ください。

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