HOME > 業務のご案内 > 建設業の労務費の基準と賃金設計
建設業の労務費の基準と賃金設計
建設業の取引では、長いあいだ、総額いくらで請け負う「一式」の契約が一般 的でした。そのため、技能者の賃金の原資である労務費が見えにくく、材料費より削りやすい費用として、下請の段階に進むほど圧縮されやすい構造がありました。
この構造を変えるために、改正建設業法(令和6年法律第49号)が令和7年12月12日に全面施行されました。ねらいは、適正な労務費を、発注者と元請、元請と下請、下請どうしのすべての取引で確保し、それを技能者の賃金として届けることです。
このページでは、新しいルールの中身と、会社の中で賃金の仕組みをどう整えるかを、社労士の立場から整理します。
1. 何が変わったのか
ルール
処遇確保の努力義務
労務費に関する基準
著しく低い労務費の見積りの禁止
原価割れ契約の禁止
内容
建設業者は、労働者の知識・技能その他の能力の評価に基づいて、適正な賃金の支払いなど処遇の確保に努める
中央建設業審議会が、通常必要と認められる労務費の水準を定め、契約の当事者に勧告する(令和7年12月2日勧告)
基準を著しく下回る労務費での見積りや、注文者からの見積りの変更の依頼を禁止。違反した発注者には勧告・公表
注文者だけでなく、受注者も、原価に満たない金額での契約が禁止される
条文
建設業法 第25条の27
第34条第2項
第20条
第19条の3
トラック運送業でも、令和7年の法改正で、運転者の技能・能力に応じた賃金の支払いが義務づけられることになり ました(2028年までに施行予定)。社会基盤を支える業種で、「取引の価格」と「働く人の賃金」をつなげる制度づくりが同時に進んでいます。
2.「労務費に関する基準」とは
基準は、適正な労務費を次の式で考えます。
適正な労務費 = 公共工事設計労務単価 × 歩掛(単位あたりに必要な人工)× 数量
公共工事設計労務単価は、公共工事の積算に使われる職種別・都道府県別の単価です。
基準は、この単価を下回る水準を設定しないこと、歩掛は施工の条件に照らして責任を持って施工できる水準にすることを求めています。公共工事だけでなく、民間工事にも及ぶ考え方です。
国土交通省は、職種ごとの具体的な目安として「基準値」を公表しています。
令和8年3月までに、22の職種分野・133の工種(建設業許可の29業種のうち19業種に対応)で基準値が定められました。
職種分野
鉄筋工事(建築)
型枠工事(建築)
基準値(東京都の例)
71,472円/t
5,291円/㎡
主な前提条件
RCラーメン構造、階高3.5〜4.0m程度、形状単純 など
普通合板型枠、ラーメン構造・地上軸部 など
基準値は、そのまま個々の契約に当てはめる数字ではありません。現場の条件や作業内容に合わせて補正して使う「相場観」です。
機械化などで歩掛が下がった結果として労務費が低くなるのは、問題とされません。
問題になるのは、労務単価そのものを不当に切り下げる見積りや契約です。
3.見積書に内訳で示す経費
労務費を確保する代わりに、ほかの必要な経費が削られることのないよう、次の経費も見積書に内訳で示すこととされました。
・法定福利費の事業主負担分(健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険など)
・安全衛生経費
・建設業退職金共済(建退共)の掛金
法定福利費は、社会保険の保険料率から計算します。保険料率は毎年のように改定されますし、令和8年4月分からは、少子化対策の財源として健康保険料とあわせて納める「子ども・子育て支援金」も始まり、これも法定福利費に含めると整理されました(令和8年6月、労務費に関する基準の運用方針の改正)。見積書に法定福利費を入れていない場合や、古い計算式のまま作っている場合は、本来請求できる額を自社で負担していることになります。
4.賃金の側の目安:CCUSレベル別年収
労務費の基準が「取引の入口」のルールだとすれば、その労務費が技能者に届いているかを見る「出口」の目安が、CCUSレベル別年収です。
CCUS(建設キャリアアップシステム)とは
技能者一人ひとりの資格、社会保険の加入状況、どの現場で働いたかという就業の履歴を、業界共通で記録していく仕組みです。現場で技能者がカードを読み取らせることで、経験が積み上がっていきます。この履歴と資格をもとに、技能者は4つのレベルで評価されます(能力評価)。
レベル
レベル1
レベル2
レベル3
レベル4
おおよその目安(国土交通省の試算での扱い)
見習いの技能者(経験5年未満)
中堅の技能者(経験5年以上10年未満)
職長クラス(経験10年以上、または一級技能士)
登録基幹技能者
(現場で職長をまとめる、上級の職長として登録された技能者)
CCUSレベル別年収は、このレベルごとに、公共工事設計労務単価が賃金として支払われた場合の年収を試算したもので、令和8年4月に改定されました。
CCUSレベル別年収(全分野) 標準値〜目標値
(左の「標準値」は下位15%程度の水準で、これを下回ると国の確認の対象になります。右の「目標値」は平均以上の水準で、国が支払いを推奨する水準です。)
全国
関東
レベル1
395~535万円以上
418~567万円以上
レベル2
444~599万円以上
470~635万円以上
レベル3
472~664万円以上
500~704万円以上
レベル4
572~754万円以上
606~800万円以上
この金額に法的な拘束力はなく、支払いを義務づけるものではありません。ただし、国は「目標値以上」の支払いを推奨し、「標準値」を下回る支払いの会社については、請負契約で労務費のダンピング(不当に安い労務費での受注)がないかを重点的に確認するとしています。技能者が自分の賃金を国に情報提供できる仕組みも、令和8年度中に試行が予定されています。
自社の技能者の年収が、どのレベルの、どのあたりにあるのか。一度並べてみることが、出発点になります。
5.会社の中で整えておきたいこと
まず手をつけるなら、①と③からです。どちらも、いまある給与の記録と保険料率の表があれば始められます。
① 技能者の賃金を、レベル別年収と並べてみる
日給制・日給月給制の場合は、稼働日数の季節変動を含めて年収に換算します。残業代や賞与を含めた額で比べるのか、含めない額で比べるのかも、そろえておく必要があります。
② 能力の評価を、賃金の仕組みに書き込む
努力義務とされた「能力の評価に基づく賃金」は、等級制度や賃金規程に、何をもって評価し、どう賃金に反映するかを書き込むことで形になります。CCUSのレベル、保有資格、班長・職長の経験などは、外から見ても分かりやすい評価の軸です。大がかりな制度でなくてもかまいません。3〜4段階の等級と、それに対応する手当や昇給の幅からでも始められます。
③ 法定福利費の計算式を、毎年更新する
保険料率の改定や子ども・子育て支援金を反映した算定表を用意し、見積書の作成に使えるようにしておきます。
④ 「建設技能者を大切にする企業の自主宣言」を検討する
処遇改善に取り組む会社が、その旨を宣言して国土交通省のサイトで公表される制度が始まりました(令和8年3月末時点で1,887社)。令和8年7月以降の経営事項審査(公共工事を受注するための会社の評価)の申請では、宣言が加点の対象になっています。
6. 弊所のお手伝い
・技能者の賃金の現状分析(CCUSレベル別年収との比較、日給制の年収換算)
・等級・賃金制度の設計と、就業規則・賃金規程の改定
・法定福利費(事業主負担分)の算定表の作成と、毎年の更新
・制度を変えるときの、社員への説明会
・給与計算への反映
賃金の仕組みは、制度を作るだけでは定着しません。評価する側の職長や班長が、どう説明し、どう運用するか。現場との対話を重ねながら、無理なく続けられる形を一緒に探します。
技能者の名簿と、直近1年分の賃金台帳があれば、レベル別年収と並べた比較表づくりから始められます。
よくあるご質問
Q1. 基準値より低い労務費で見積りを出すと、違法になりますか。
A1. 基準値を下回ったことだけで、ただちに違法になるわけではありません。禁止されているのは、基準に照らして「著しく低い」労務費での見積りや契約です。機械化などで必要な人工が減った結果なのか、労務単価を切り下げた結果なのかが見られます。見積りの根拠を説明できるようにしておくことが大切です。
Q2. CCUSレベル別年収を下回る賃金だと、罰則がありますか。
A2. レベル別年収に法的な拘束力はなく、罰則もありません。ただし、標準値を下回る会社は、請負契約で労務費のダンピングがないかを国が重点的に確認する対象になります。
Q3. 技能者がCCUSに登録していない、能力評価を受けていません。それでもレベル別年収と比べたり、賃金の仕組みを作ったりできますか。
A3. できます。国土交通省の試算では、経験年数や資格でレベルの目安が示されています(レベル1は経験5年未満、レベル3は経験10年以上または一級技能士など)。保有資格、経験年数、班長の経験など、社内で確認できる基準から始めて、能力評価が進んだ段階でCCUSのレベルに結びつけていく方法があります。
Q4. 一人親方に発注する場合も、労務費の内訳を示す必要がありますか。
A4. 国は、一人親方を含めて、労務費などを内訳で示した見積書の作成が商習慣として定着することを目指しています。一人親方への発注でも、労務費を著しく低くするような見積りの依頼は問題になります。
Q5. 法定福利費は、どのように計算すればよいですか。
A5. 見積りに含まれる労務費(賃金相当額)に、健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険などの事業主負担の保険料率を掛けて計算するのが基本です。料率は加入している健康保険や事業の種類で異なり、毎年のように変わるため、自社の料率で算定表を作っておくと便利です。
関連ページ
出典
・建設業法(昭和24年法律第100号)第19条の3、第20条、第25条の27、第34条第2項
・国土交通省・中央建設業審議会「労務費に関する基準」(令和7年12月2日勧告)
・国土交通省「『労務費に関する基準』に係る取組状況」(令和8年4月27日 中央建設業審議会 資料1)
・国土交通省「CCUSレベル別年収」(令和8年4月改定)